弘前大学大学院理工学研究科(理工学部地球環境防災学科)准教授 道家涼介
<aside> 💡 干渉SARを使った地殻変動の研究についての紹介をします。ラジオで研究紹介する機会を頂いたので、レジュメとして作成。Wordで作成するより楽なので、こちらにまとめました。画像は、授業や研究紹介で使っているスライドをそのまま貼っていますので、統一感がありません。作成は2024年7月。
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目次
測地学という学問分野があります。地球上における位置の決定や精度などを扱う研究分野です。紀元前3世紀にエジプトの天文学者エラストテネスが地球の大きさを測ったのが測地学の始まりと言われています。エラストテネスは、エジプトのアレキサンドリアとシエネという都市の間の距離と太陽の入射角から地球一周の円周を現在の距離の単位に換算して約46,000kmと推定しました。現在知られている地球の大きさは約40,000kmですから、2000年以上前に人類は地球の大きさをこの程度の規模でちゃんと捉えていたということになります。日本では、江戸時代に伊能忠敬が日本全国を測量して周り、正確な日本地図を作成しました。伊能忠敬は天文学を学んでいたので、地球が丸い事を知っていました。日本全国を旅したのは地球の大きさを知ることが目的であったとも言われています。伊能忠敬は日本各地で星の高度を測って、緯度一度あたりの距離を求めました。そこから推定された地球一周の円周は現在の距離の単位に換算して約39,900kmと、ほぼ現在と同じ大きさで地球の大きさを捉えていたことになります。 地球の大きさが決まって、地球上の位置が決まってしまったら、それで測地学は終わりでしょうか?そんなことはありません。日本に住んでいる私たちは、地震があれば大地が大きく動くことを知っています。また、火山活動に伴っても大地の形が大きく変わります。また、体に感じたりはしませんが、私たちが住んでいる場所も年間数cm程度の速度でゆっくりと動いています。プレートの動きです。測地学というのは、位置を決定したら終わりではなく、その位置の変化も扱いますし、その原因となる現象(地震、火山、プレート運動など)も扱います。
このように2000年以上の歴史がある測地学ですが、現在も発展し続けている学問分野です。特に、近年は人工衛星などを使った宇宙測地技術が多く活用されています。人工衛星を使った測地技術の代表的な例はGNSSです。GNSSは、Global Navigation Satellite System(衛星測位システム)の略で、GPS(Global Positioning System)が代表例です。GPSはスマートフォンやカーナビなどで現在位置の情報を知るために使われているので馴染みのある技術だと思いますが、GPSというのは、アメリカの衛星測位システムの事を指します。かつてはアメリカの独占技術と言ってもよい状況でしたが、現在は、ロシア、EU、中国、日本など各国が測位衛星を打ち上げて、多くの種類の衛星を同時に受信して測位することができるようになっており、それらを総称してGNSSというようになりました。日本は、「みちびき」という測位衛星を打ち上げています。 GNSSは、スマホに使われているので、スマホの現在位置が測量できるというのはなんとなくわかるかと思いますが、スマホのGNSSは数メートルぐらいの誤差があります。測量用のアンテナを使って、固定点を設けて連続的に長時間観測すると、数ミリメーターの精度で、位置を計測することができます。これにより大地の動きを計測することができる訳です。日本では、国土地理院が全国に約1,300点のGNSS観測点(電子基準点)を設けて、国土の位置情報を観測しています。近年は、携帯電話キャリアなどの民間企業が独自にGNSS観測点を設けて基準点の情報を提供するサービスを展開しており、国土地理院よりも高密度の観測網を展開しています。 人工衛星を使って大地の動きを計測する方法としては、GNSSの他に干渉SARと呼ばれるものがあります。SARとは、Synthetic Aperture Radar(合成開口レーダー)の頭文字をとったもので、人工衛星に搭載されたレーダーが取得したデータを解析して大地の動きをとらえます。SAR衛星は、地上に向けて電波を放って、その跳ね返ってきた電波を観測します。衛星は、何日かすると同じ場所に戻ってきますので、その際に再び地表面を観測するわけですが、その間に地殻変動(大地の動き)があると、その変化を、観測した電波の波のズレとして観測します。観測の頻度・タイミングは、衛星の回帰日数に依存してしまいますが、地上に観測点を必要としないので、地表面をスキャンするように面的に大地の動きを観測することができるというメリットがあります。したがって、地上の観測の密度では見逃してしまうような局所的な変動を捉えることができる可能性があります。また変動が面的に観測できますので、現象の原因・メカニズムのより良い解釈につながる可能性があります。 日本は現在、JAXAがだいち2号(ALOS-2)というSAR衛星を運用しています。その他に、EUを初めとして各国がSAR衛星を運用しています。近年は、民間企業が小型のSAR衛星を次々と打ち上げています。
干渉SARが、その威力を発揮する場面は数多くあります。地震で大地が大きく動いた時に、国土地理院などが発表する虹色の縞々の絵を見たことがある人がいるかもしれません。最近では、今年(2024年)の1月1日に発生した能登半島地震の観測・解析事例があります。虹色の縞々は、電波の波のずれを示します。電波は波なので、山谷を繰り返しますが、干渉SARでは、1回目の観測と2回目の観測の間での電波の波のずれを計測しているわけなので、電波の1波長分、すなわち山谷一回分地面が動いた時は、見かけ上、電波の山谷の位置はずれていない様に見えるわけです。したがって、地面が大きく動いた時は、電波の山谷が複数回分ずれるので、そのズレを色で表現すると、虹色の縞々が見えるわけです。実際にどれくらい地面が動いたかは、虹色の縞々の数を数えてあげれば良いわけです。(実際には電波の往復による波のずれなので、縞々一つ分では、電波の波長の半分のずれの量を示します。)これにより、地震時にどれくらい地面が動いたかを知ることができます。地面がどれだけ動いたかがわかると、その地面の動きをもたらした地下の断層の位置・形状・すべりの方向・量などを推定することが可能になり、地震を発生させた断層のメカニズムを推定することができるようになるわけです。 地震以外でも、火山活動に伴っても大地は大きく動きます。火山の地下でマグマが膨らむと山体の膨張、逆に噴火後には山体の収縮が観測されることがあります。大規模なものはGNSSでも観測されますが、小規模な噴火に伴うような局所的な地表の変位は、GNSSの観測点密度では捉えることができないことも多いです。干渉SARでは、地上に観測点がいらないので、極局所における変位を抽出することができます。2015年に箱根火山の活動が活発化した時は、大涌谷と呼ばれる噴気地帯において、後に水蒸気噴火を起こす場所の極近傍で地表面が膨らんでいたことが干渉SARの観測によってとらえられました。箱根火山の噴火時には、地下で板状の割れ目が開いていたことも干渉SARの解析により推定されました。 局所的な変位が検出できること、さらに変位が面的に検出できるということは、無数に存在する小さな対象を観測するのにも適しています。例えば、人工的に盛土された土地のモニタリングや、地盤沈下の検出・モニタリングにも大きな威力を発揮します。盛土の分布やその危険度の把握は、2021年の7月に静岡県熱海市で28名の方が亡くなった土砂災害が発生したことがきっかけで、社会的な課題となっています。干渉SARはその変動を監視する有効なツールの一つと言えます。